Kimono and I 着物と育つ

着物と育ってきた道のりです。

1.生まれ~着物と育つ

1971年、福井市生まれ。会社員の父、和裁士の母に育てられ、兄が2人の後の一人娘だったので
ことあるごとに着物を着る機会に恵まれる。

当時は、和服が売れている時代だったので、自宅で母は和裁教室を開き、
着物の反物に囲まれて生活していました。

小学生の時の母への質問は、「着物ってみんな着ていないでしょ。なくなっちゃうの?」
その時母は、きっぱりと「着物は民族衣装だから絶対になくならない。」とハッキリいってくれたのが
子ども心にかっこいいな、と思ったのを覚えています。
その後、日本が不景気になり、着物を買う人が激減するとはちっとも思っていなかった時代です。

2.海外で着物の力を知る

短大を卒業後、福井市に戻り、英文事務の仕事をしながら通訳ボランティアの活動を始める。

福井市の国際交流イベントでイギリス人の夫に出会い、1995年にイギリスで義理の兄夫婦の結婚式に参加。

日本人が自分だけ。せっかくなので着物を着ようと、美容師さんに振り袖の着付けを教えてもらう。
現地のホテルで、帯は付け帯を利用し、髪も自分でアップにしてなんとか式とレセプションに参列。

食事のテーブルについて座っていると、”Do you have a cussion on your back?”と、
お太鼓型の帯について質問されて、びっくりしたの覚えています。
帯がクッションに見えるとは、着物を知らない方にはそんな風に見えるのかと驚きました。

だた、自分だけが日本人として自分の体に合うものを着て、現地の人達に質問され、
コミュニケーションのきっかけになる楽しさを味わえた私。
「着物ってすごい!」まさにこの一言です。

3.20代で結婚後、和裁士の母との別れ

26才で結婚した頃、着物が売れない時代に入り、自宅の反物の数も減っていきました。
いつもはつらつと和裁の仕事をしていた母も、調子が狂ったように元気がなくなっていきます。

そして、結婚して半年後に、最愛の母は急死。
がんを患い、59才の若さで他界するなんて、「まさか!何かの間違いであって欲しい。」と
泣いてばかりでした。
母が和だんすに入れてくれたはずの通夜で着る無地の着物も、どこに入っているか分からず、
いかに自分が母に頼っていたか痛感。。。
母が縫ってくれた喪服を、こんなに早く着ることになるとは、と思いながらも、
きちんと用意してくれた母の愛情を思うと有り難いの一言でした。

母に着物のことをもっと聞いておけば良かった。
着物を着る人はさらに減り、母のような和裁さんだけでなく、各地の職人さんも減っていきます。
それは私にとってはとても辛い現象でした。
「もっと沢山の人達が着物を着ていたら、母は病気にならなかったのでは。。。」
「まだ生きていたのではないか。。。」とさえ思っていました。

4.自分で着たい、着付け教室に

当時、NHK福井局でキャスターとして忙しく働いていましたが、
自分で着物を着られるようになりたいと感じます。
そこで、同僚のお母様が着付けの先生をされていた関係で、小町流の着付け教室に通いました。
小紋や無地に名古屋帯を着付ける3級、
留め袖に二重太鼓が自分で着られる2級を取得!結婚式やパーティーなど、どこへでも行けるように
なりました。
ただ、この頃はやせていたので、補正をタオルを3枚体に巻いていたのが、正直面倒でした。

5.30代~産後に和だんすから

29才でキャスターからフリーになり、ナレーションやラジオのパーソナリティ、朗読など
幅広く活動させてもらいました。特に、伝統的なイベントの司会では、着物を着るとドキドキワクワク、
着物姿だとどこへ行っても大事にしてもらえました。

30代前半で、夫の転職で福井市から東京へ引っ越し。
待ちに待った念願の第一子にも恵まれ、育児に追われていた時、
長男の生後100日の記念写真を撮ることに。
「そうだ、母が縫ってくれた訪問着を着よう!」と出してきたところ、
産後の体にぴったりとまとわりついて、補正なしで着られたのです。
体型の変化も着物好きにはいいことかもしれません。まさに、ものは考えようですね。

6.40代 ママ友に「浴衣持ってない。」ショックの一言から考える

第二子、第三子と恵まれ、卒園式、入学式など着物を着ていました。
しかし、小学校の夏祭りの時に、ママ友が「私、浴衣持ってないから。」の一言で目が覚めます。

浴衣は誰もがもっている、と確信していた訳ではありませんが、
考えてみれば、そりゃそうです。たまたま私は和裁士の娘だったから何枚もありましたけど、
浴衣は誰かが買わないとないのです。。。こんな当たり前のことに気づかなかったなんて。
深く反省しました。

7.友人や外国人に着物を楽しんでもらう喜び

私が着物を着ていると、「いいなあ。私も着たいな。」、
「着物持ってるけど、着ていくところがないのよ。」
持っていない人には、私の着物を着てもらったり、着付けができない友人には、着せる手伝いをしました。
着付け用のボディで帯を巻く練習はなかなか面白いものです。

外国の友人に母が着物を着せていたように、私も浴衣を海外の方に着せたり、プレゼントしたりして
楽しんでもらうのが自分の喜びです。

これまでを振り返り、着物のおかげで成長できた私です。
今の一番力を入れたい事は、日本にしかない着物文化を、海外の方や日本人に知ってもらい、
難しいことよりも、楽しんで欲しい。
1000年以上の歴史がある着物は、世代をつなぎ、国を超えて語るきっかけになります。
さらには、インバウンド効果につなげ、日本各地の職人さん達に仕事を続けてもらいたいなあと
心から願っています。

ABOUTこの記事をかいた人

Kazuyo

 Hello! I hope you enjoy fantastic Kimono culture. I am a freelance announcer in Japan and also Kimono consultant & certified Kimono dresser(grade 2). 話し方講師・MCのKazuyoです。                  着物と共に育ち、和文化の着物の魅力は、とても奥深いものです。 そこで、着物の楽しさを世界に伝えたいと活動しています。  学校法人 清水学園 総合きもの部 着装師範科卒業。きものコンサルタントの資格を持ち、着付けやリメイクなどを楽しんでいます。着物を着る人が増えるよう、いろんな情報を発信していきますので、どうぞお楽しみに♪